第27回 カラスの子別れ
民俗学者・酒井卯作
(題字・イラストも)
都会ではカラスは嫌われます。下手すると石を投げられます。なぜか。
まず第一に、ゴミ捨て場を荒す。それに色が黒いので不吉に見える。鳴き声だって音楽的でない。だから、人間たちはカラスを見ると蹴飛ばしたくなるのであります。
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しかしカラスの立場になってみると、言い分はあります。捨てられたゴミは人間の食べ残しです。けっして人間の食物を横取りするわけではありません。
人間は疑い深いので、残飯を袋に入れて、そのうえに紐でくくって出します。だからカラスは、食いちぎって食べなければなりません。人間はほんとうに意地が悪い。
もし散らかしてほしくなければ、ちゃんと皿に盛って出してほしい。そうすればゴミ捨て場は常に清潔のはずです。人間は礼儀を知らない。これはカラスの言い分です。
何ですって、カラスの色が黒いのが不吉だって? 違います。白いカラスもいます。
長崎県の私の田舎では白いカラスがいました。真白いわけではありませんが、白い毛が混っていて、老人たちは、あれは朝鮮半島から渡って来たのだと語っていました。
白いカラスは全国にいます。和歌山県牟婁(むろ)地方では、秋の亥の子のお祭りに愛宕の山から飛んで来たカラス
頭が白い。
頭ばかりか尾も白い(面白い)。
と子供たちは歌いますから、この地方のカラスも色の白いのがいたのです。さらに秋田県横手地方では、山からとってきた白いカラスを見せ物にして金儲けをしたという話が、江戸時代の「譚海(たんかい)」という本にあります。
だから、カラスは黒いなどいわないこと。
いや、仮りにいったとしても、黒いから不吉だなんて考えないこと。昔は日本人の喪服は白でした。沖縄では「黒朝(くるちょう)は吉。白朝(しるちょう)は凶」といいます。つまり黒い服はめでたいとき、白い服は死人のあったとき、ということです。
とにかくカラスには同情すべき点があります。同情どころか、大いに尊敬すべき鳥でもあります。その証拠に、庶民たちの日常生活の中ではカラスの役割が大きいのです。その理由をあげてみましょう。
青森県三戸(さんのへ)地方では正月11日の朝、餅を軽く焼いて山に行き、カラスを呼んでその餅を投げると、それを空中で捕えて食べるそうです。これは山仕事に入るための新年の挨拶でしょう。
また愛知県南設楽(みなみしたら)郡下では「送り団子」といって、死人があって墓を作ったとき、そこに供えた団子がカラスに早く食われると、死人は早く極楽に行くなどといいます。坊さんがいなくても、死人が極楽往生したのかは、これでわかります。
だから、カラスを馬鹿にしてはいけません。カラスは「古事記」の昔から霊鳥として神聖視されていました。その特異な例を、広島県の厳島(いつくしま)神社の神事に見ましょう。
江戸時代の古記録に「厳島図絵」という本があります。この本のあることは、神戸女子大学の田中久夫名誉教授に教えられました。この本の(巻四)に「四鳥(しちょう)の別れ」という行事の報告があります。これが問題です。
四鳥というのは親ガラス二羽、子ガラス二羽の四羽のことで、この親子がお別れする神事で、私たちはこれを「カラスの子別れの神事」と呼んでいます。どんな行事かをかい摘んで申し上げてみます。
厳島神社では、毎年島巡りの神事があります。このとき、養父崎(やぶさき)の神社の鳥居の前で供物をしてカラスを祀りますが、これが「鳥食いの神事」です。
4月頃は雌は巣で卵を温めていますから、このときは雄の一羽だけが山から下りてきて、その供物を食べます。
2回目の6、7月頃の島巡りの頃にはヒナがかえっているので、親子四羽が鳥食いの行事に現われます。このとき、親ガラスは子ガラスに、供物の食べ方を教えるのだそうです。いうなれば食い初めの行事です。
そして3回目は、親と子の四羽のカラスが現われて、神職が用意した供物を囲んで、親子の最後の「鳥食いの式」を行います。それが9月28日と決まっていました。この日を境に親ガラスは、子供を残して飛び去って、二度と現われないといいます。
これは毎年の繰り返しの行事で、さきの「厳島図絵」にはこう書いています。「いにしへより一年もたがふことなし。且厳島より大野まで一里余の海を隔たるこの日の此刻を、かならずたがへずして飛来るも靈奇にあらずや」と述べて感心しています。まさしく人間には考えの及ばない話です。
わが子に生きる道を残して、親ガラスはどこに去っていくのかはわかりませんが、カラスの世界も縄張り争いが厳しいと聞きました。その厳しい世界に、老いたカラスは自ら去って行くわけです。そして自分たちの世界が絶えない工夫をこの「四鳥の別れ」神事に見ようとした物語は、種の保存を考える面からもすばらしいと思います。
私たちはあえて、この厳島神社の行事を「カラスの子別れ」と題名をつけましたが、子別れの行事は、この広島県の宮島に限ったことではありません。
徳島県北部でもカラスの子別れといって、9月9日に行われていました。この日にカラスの親子が、栗のイガを食べて、それを最後に親子が別れていくといいます。(日本民俗綜合語彙)。
昔から「カラスに反哺(はんぽ)の孝あり」という言葉があります。子ガラスは、親ガラスから口ばしで餌を与えられて育った恩を忘れないで、親が年をとったら、こんどは、親に子ガラスが口ばしで餌を与えて恩を返す、ということです。
子のために生きる場所を譲って去る親。老いた親に、恩を報いようとする子。カラスの世界には、人間が捨ててしまった美しい物語がございます。
ゴミの捨て場で、カラスに石を投げるなんて、かわいそう。
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酒井 卯作(さかい・うさく)1925年、長崎県西彼杵郡西海町生まれ。
本会理事。民俗学者。
著書
南島旅行見聞記 柳田 国男【著】 酒井 卯作【編】 森話社 2009年11月
琉球列島における死霊祭祀の構造 酒井 卯作 第一書房 1987年10月
稲の祭と田の神さま 酒井卯作 戎光祥出版 2004年2月
など多数。


