あの世への散歩道シリーズ

題字:あの世への散歩道

第8回 墓・馬鹿しい話

                         民俗学者・酒井卯作
                         (題字・写真も)

 先日も墓の案内の電話があったので、面倒だから「墓はあります」と答えたら「それは良かったですね」という返事でした。墓があるとそんなに良いことでしょうか。都会では墓の需要と供給が不釣合いですから、早く求めていて良かったということだと思いますが、あるタレント作家が次のようなことを書いていました。墓を早くたてると縁起が悪いといわれるが、それは迷信だ。ということです。どうやら、この人の説は、墓は早めにたてるべきだということのようです。

枕石
長野県壱岐島の枕石

 そこで考えました。では、ハカとは何だったのか。ハカといえばすぐに石塔を思い出しますが、沖縄の石垣島ではハカとは字(アザ)のこと、つまり場所のことです。そこでハカドルという言葉を考えてみます。ハカをトルのは仕事の能率のあがること。茨城県筑波地方では田植えや稲刈りのとき、自分の分擔をハカといいます。その分擔を順調にこなすことがハカドルで、墓地とは関係はありません。

 それでは墓をなぜハカと呼ぶのでしょうか。ちなみに墓の名称を集めてみますと、サンマイ(三昧)、アタリ(辺)、アザ(字)、ノ(野)などがあって、その多くが野原か、もしくは場所もはっきりしないところを指しています。墓がはっきりしない理由のひとつをあげてみます。

 島根県下では、昔は散り墓といって、あちこちに埋葬しました。それは人が死ぬと、その日の方角を決めて埋葬するので、埋葬地は死ぬ日によって違ったからです(民間伝承5の1)。兵庫県神崎郡では野原に1本の老松があって、その松の木を中心にして、あっちの方、こっちの方というふうに埋葬したと柳田国男は述べています。つまり埋葬する所は必ずしも一定していなかったということです。したがってハカというのは、石塔をいうのではなく、埋葬する場所か区画を指す言葉にすぎなかったと私は考えています。

 ただ各地とも共通した約束ごとで、埋葬したところに丸石1個をおく風習があります。通常はこれを枕石と呼び、近くの川か海辺から拾ってきた丸石を、埋葬した死者の頭の辺りにおきます。参考のために、長崎県壱岐島の写真を載せておきますが、この石は死んだ人の霊魂の鎮めとみるべきでしょう。死人が生き返って「今晩は」といって出てこられたら困りますから。

 枕石はたぶん石塔の原形だと考えられますが、死ぬ前から、この鎮魂の石を用意する人がいるとしたら、生前、よほどいかがわしいことをした人だったにちがいありません。11世紀の「今昔物語」(三十六の五)に、物事がうまくいかないことを「墓々しく」というような表現をしています。私にはこれが「墓・馬鹿しく」と聞こえるのでございます。

再生 第72号(2009.3)
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酒井 卯作(さかい・うさく)1925年、長崎県西彼杵郡西海町生まれ。
本会理事。民俗学者。
著書
南島旅行見聞記 柳田 国男【著】 酒井 卯作【編】 森話社 2009年11月
琉球列島における死霊祭祀の構造  酒井 卯作 第一書房 1987年10月
稲の祭と田の神さま 酒井卯作 戎光祥出版 2004年2月
など多数。

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