第18回 棺桶万歳
民俗学者・酒井卯作
(題字・イラストも)
どうしたら安心して死ねるか。心配される方に良い方法があります。 まず生前に棺を作って、その中で寝起きすることです。これだといつ死んでも大丈夫。そのまま火葬場に直行できて手間も省けます。冷暖房トイレ付とまではいかないまでも、棺を豪華に作っておけば、死んでも極楽浄土で楽しめるような愉快な気分にもなれます。いかがですか。
これは冗談ではありません。以前の中国ではそうでした。こんな話があります。あるとき子供が親に「何かご馳走しようか」と聞くと、親は「いらない」という。「良い着物を」といっても「いらない」と答える。では何が欲しいかと尋ねると「早く棺が欲しい」と親は答えたといいます(南宋・「笑苑千金」より)。
中国では棺のことを別名「寿板」ともいいます。親が生存中に立派な棺を作って安心させるというのが、中国の親孝行でした。だから、子供がいつまでたっても棺を作ってくれないと、親は心配です。
日本では棺を早く作って用意したら大変です。棺は早桶ともいって、死んでから急いで作るもの。死衣装も墓も生前に用意するものではありませんでした。今では葬儀屋がいて何でもすぐに間に合いますが、地方によっては棺作りなどは大変でした。急に死人があって、手許に板がなかったら、木を切って板を作る必要があり、手間暇が大変です。
そんな理由もあってか、東北地方などでは嫁に行くときは衣類や道具などを入れた櫃を持参する風習があります。この櫃は、やがて自分が死んだときの棺になるのです。西日本では嫁入りするとき、柿の苗木を持参して庭に植えます。その木が成長した頃、やがて老いて自分が死ぬとき、その柿の木を切って火葬の薪にするそうです。女というのは悲しいですね。
ところで、棺の中に寝起きした話は日本でもありました。その例を跡見女子大学の報告書「民俗文化」(9号)に見ましょう。奄美大島住用村にジリョというひとり暮らしの男がいて、生前に棺桶を作ってその中で寝起きしていました。これでいつ死んでも誰にも迷惑をかけずにすむというわけです。ところが、ある日山に行ったらハブ(毒蛇)に噛まれて死んだ。その後、山崩れでジリョの行方もついにわからずじまいになったということです。
足は2本あっても、棺桶は一つで足ります。その棺桶は国により人によりその使い方は違いますが、死後の安心をどういう形で決めるか、それはこれからのわたしたちの決めることなのです。
再生 第82号(2011.9)
--------------------------------------------------------------------
酒井 卯作(さかい・うさく)1925年、長崎県西彼杵郡西海町生まれ。
本会理事。民俗学者。
著書
南島旅行見聞記 柳田 国男【著】 酒井 卯作【編】 森話社 2009年11月
琉球列島における死霊祭祀の構造 酒井 卯作 第一書房 1987年10月
稲の祭と田の神さま 酒井卯作 戎光祥出版 2004年2月
など多数。