あの世への散歩道シリーズ

題字:あの世への散歩道

第11回 艶やかな死

                         民俗学者・酒井卯作
                         (題字・イラストも)

 ご存知でしょうか。日本各地には人が死んだら、棺に入れる前に、死人を紐で縛りあげて入棺する風習がありました。その後、棺を縄で縛る風習に変わり、今では塩をなめます。日本人は死に対してはたいへん厳しい態度で臨んでいました。なにしろ死人が化けて出て来ては困るのです。

着物

 もちろん、こんな厳しい作法ばかりではありません。反対に、もっと優しい方法もありました。例えば奄美大島には、こんな歌があります。「別れてや行きゅり、ぬば形見置きゅり、汗肌ぬ手巾うりど形見」。ちょっと考えると、死人への形見に、汗で汚れた手拭いを入棺して送るのは失礼のように思えますが、そうではなく、自分の汗肌の臭いの沁みこんだ手拭いだからこそ、死んでいく人への良い形見になるというものです。これは愛情の深さを思わせる歌というべきでしょう。

 手拭いなんかじゃ駄目。もっと色っぽい形見があります。坂口一夫氏によれば、伊豆の大島では、夫が死ぬと妻は着物の下前の褄を切って入棺したといいます。これは女の操を捧げたことを意味します。三重県志摩の坂手では、死後49日目に死人の口寄せといって、死人の思いを残すことを巫女が語りました。このとき妻は腰紐を2つに切って、その1つを巫女に頼んで死人の霊に供えてもらったというのも、伊豆大島の例と似ています。死者に捧げる情愛です。

 こうしていると、日本の女性たちの、死者に捧げる艶やかな感情を汲み取ることができます。いや、そんな着物の褄や腰紐なんて手ぬるい。もっと直接にと考える人のために沖縄宮古島の例をあげよう。岡本恵昭氏の話によると、夫か恋人だった男が死ぬと、女は自分が使っている下着を棺に入れて送ったといいます。つまり、死んだ後も一緒よ、いつまでも離れませんよ、あの世で浮気したら駄目よ、ということの意志表示です。

 死の別れに、こんなに色っぽい、艶やかな方法をとる日本人は、豊かな感情をもった民族だと私は思います。ただし、これは公の考え方で、別の考え方もあります。親しい人の死に自分の下着を添えて送るなんて、美しい感情の表れと解釈してみても、しかし、ひっかかる。第一、くたびれた女房の下着なんか添えられて、どれほどの悦びがあるか。それに自分が死んだら、焼かれて海に撒かれて、それでおしまいだ。残った人たちは、うまいものを食べたり、芝居に行ったり、旅行を楽しんだりして、けっこう愉快な生活をするにきまっている。これじゃ死んだら損だ。どんなにうとましがられてもかまわないから、お互いに長生きしましょう。

再生 第75号(2009.12)
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酒井 卯作(さかい・うさく)1925年、長崎県西彼杵郡西海町生まれ。
本会理事。民俗学者。
著書
南島旅行見聞記 柳田 国男【著】 酒井 卯作【編】 森話社 2009年11月
琉球列島における死霊祭祀の構造  酒井 卯作 第一書房 1987年10月
稲の祭と田の神さま 酒井卯作 戎光祥出版 2004年2月
など多数。

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