あの世への散歩道シリーズ

題字:あの世への散歩道

第16回  あゝ、香奠

                         民俗学者・酒井卯作
                         (題字・イラストも)

 葬式のお返しがないと、日本人は不機嫌です。それなら香奠なんか包むのをやめたら、とも思うけれども、死の知らせを聞けば知らん顔もできないのが人情。そこで、香奠とそのお返しが問題になります。

香奠

 香奠返しで引っかかるのが、お返しをやめて、福祉関係の施設に寄付しましたというもの。香奠は葬家の大変を思っての贈りもの。これでは何だか肩すかしの感じがします。先日、「コープこうべ葬祭サービス」というパンフレットを見たら「香奠や供物は勝手に辞退すべきではない」、これが日本本来の形だとありました。つまり香奠はジャンジャンもらいましょう。お返しもジャンジャンやりましょうということです。葬祭業者、万歳。

 ところで、その日本本来の形とは何を根拠にしたのでしょうか。念のため、日本各地の事例を2、3あげてみます。  香奠は中国からの借用語で、本来は香を供えること。日本では悔み(ほとんど全国)、ツナギ(九州一帯)、ヒデ(南九州)、仁義(北関東)、義理(南関東)などいろいろです。具体的に山梨県下の義理を見てみましょう。

この地方では葬式があると、米1升に2、3合の米を加え、これを袋にいれて持参します。この袋を義理袋といって、葬家では1升だけ香奠として受け取り、残りの2、3合の米は袋に入れたまま戻します。これがいわゆる香奠返しに当たります。

なぜ香奠のことを義理や仁義というのか。これは弔いのとき記帳した帳面を保存しておいて、後で記帳した人が死亡したら、そのときにもらった分のものを返すことで、親の時代にもらった義理を、子の時代に返すことがあります。要するに、受けた借りを返すというのが義理ということです。

義理として贈られるもの中には、お金もあり、米、野菜類、それに全国的に赤飯というのもあります。「香奠の半返し」なんてよく聞きますが、もちろんこれには根拠はありません。滋賀県他各地では、お膳をだすだけで、香奠返しはしません。

香奠とは、返済を求められる債務とは違い、これは贈答です。時代も世相も変わった近年、世相にあった仕方を考えても良いのではないでしょうか。そこで私が扱った例をあげてみます。  まず死亡の知らせは最小限に絞り、香奠は辞退しました。お通夜にお膳は出しましたが、香奠返しはしませんでした。お寺さんは呼ばないで、読経の代わりに懐かしのメロディーを流して、その間に焼香。葬式後、近所の家と近親者だけは、一軒ずつ訪ねて挨拶に廻りました。苦情はありませんでした。  さて、皆さんだったらどうしますか。



再生 第80号(2011.3)
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酒井 卯作(さかい・うさく)1925年、長崎県西彼杵郡西海町生まれ。
本会理事。民俗学者。
著書
南島旅行見聞記 柳田 国男【著】 酒井 卯作【編】 森話社 2009年11月
琉球列島における死霊祭祀の構造  酒井 卯作 第一書房 1987年10月
稲の祭と田の神さま 酒井卯作 戎光祥出版 2004年2月
など多数。

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