自然葬の感想

観音崎沖 模擬自然葬 体験記 2018年11月10日
「大海原にたゆたう花びらのように海に眠る」 島本 公子

 前日までの荒天が嘘のように秋晴れの三浦半島。横須賀港三笠公園。
 会員とスタッフ60名が集まる公園の中央の噴水際から、日露戦争で活躍した軍艦三笠の雄姿が波打ち際に臨める。
 予定の12時より前に、桟橋から真っ白な「シーフレンド1」19トンに乗り込んだ。全員にライフジャケットが配られ、まもなく出航。波は穏やかで左手の真っ青な波間に猿島が見え、右手にはやや靄がかった観音崎が眺められた。
 沖に出る間に自然葬担当の中西スタッフから挨拶、1991年に初めて行われた自然葬、その後の会の活動の流れ、猿島沖では年に4回程自然葬を実施していることなどの紹介があった。続いて西田副会長から15年前に実施した両親の自然葬体験談を交えて、当日の流れの説明がある。
 エンジンの音が響いて船の位置によっては聞きづらい。かなり大勢の参加者なので二部構成にして説明をして下さった。
 約20分、観音崎沖で船がゆっくりと停まった。私たちは会のスタッフから事前に配られたお骨代りの砂の入った和紙の小さな封筒を思いっきり遠くの波間へと投げ入れた。和紙は環境に配慮された水溶性和紙だという。皆さんそれぞれ精一杯に腕を伸ばして。
 そのあと会のかたが丁寧に花柄や茎を取り除いて箱詰めにして来て下さったトルコ桔梗や薔薇などの花びらを掌いっぱいに海へ撒いた。封筒はくるくると回りながらすぐに波間に沈んだが、花びらは船の周りにゆったりとたゆたっている。ここで実際の時には汽笛を鳴らし、散骨したあたりを3周するそうだ。それを聞いたとき、哀しみというより、なんとシンプルで哀悼の意を表現した葬送かと、心が震えた。
 海を見ると安らぎを感じるのはなぜだろうか?太古、生命は海から発生したといわれてきた。まだ謎が多いが、2018年5月21日の朝日新聞に「生命の誕生 深海から?」との見出しで海底に生命体を作るエネルギー源かと思われる電気が発生していることが突き止められた――と報じている。私たちのDNAはもしかしたらこれに反応しているのかもしれない。そうだとすると私の心の安らぎは素直に納得出来るような気がする。

「ますます海に還りたいなあと」

 帰りの航路では海は凪で船内も静まっていた。
 ご夫婦で参加していらしたKさん(女性66歳)にお話を聞いた。
 たまたま船の2階のデッキで席が近かったのでお声をかけてみたのだが、会員になられて10年近くだという。まずは「暗いお墓に入りたくないな」と思っていたところ、新聞記事を見たのがきっかけで会員に。会員はKさんだけでご主人は本日は見学。「樹木葬も見に行きましたけど海だとどこへ行くにも自由な気がする」というKさんにご主人は「それはそれでいいんじゃないかと思う」と寛大な笑顔を浮かべた。実家の山口県では「父は亡くなり、92歳の母を月に1回見舞っています。(葬送は)好きなようにしてくれ、と言われているので父の遺骨と一緒に散骨してあげようと。そして私も同じようにいつか。弟は手元に置いておきたいとしぶしぶなのですが…」。
 今日、参加してどう思われましたか?と聞いてみた。
 「ますます海に還りたいなあって思います!」Kさんにも笑顔がこぼれた。

「こんな日に撒かれたらいいなあ」

 40代に図書館で安田元会長の著書『墓からの自由』を読んだことがきっかけで入会したOさん(男性71歳)は、1993年以来会員歴25年を超える。どの会員も静かに海に見入っている中でもひときわ落ち着き、心が平静な様子だ。
 「今日のように穏やかな日だと入水しても気持ちよさそう。冬から3月頃はちょっと厳しそうですね」

「世界中をまた回れるね」

 西田副会長とお友達で最初の自然葬体験が副会長の挨拶にあったご両親の散骨に参列したことだというFさん(女性75歳)のお話もユニークだ。
 15年前にご両親と親交があったことから自然葬に参列した。「それがなかったらこういう会のことも知りませんでした。こんなすっきりした最後…と感じたのですね」。実は山陰出身のご主人がお墓のことで煩わされていて、「これはいい!」とおっしゃったそうだ。「私たちは海外旅行が大好きで世界中を回っていたので(海だと)世界中また回れるねって主人も賛同してくれて」「今日は模擬葬だったから故人を悼むことはなかったけれど流れを再確認できたことはよかったと思います」。Fさんの場合は、ご主人が末っ子でお墓にこだわらなくても自由に出来る選択肢があったという。Fさんはもし残された人が何も無くて寂しいというのならポ-チなどにでも少しお骨を分骨しておいて写真とともに置いておけばいいと思っている。自身は陶芸家のお兄様が作ってくれた壺に少し分骨をと考えている。

未来は?卒論テーマに「自然葬」

 お孫さんやご子息をお連れの方もあったが短い時間で若い方やすべての方のお話を伺えなくて残念だった。
 中でおひとり、成蹊大学文学部の学生さん(22歳)が卒論のテーマに「自然葬」を選び取材に来ていたのが目を引いた。お墓参りに興味があって「散骨」のことを知り、先駆的な活動として衝撃を受け、卒論テーマに選んだという。
 今月中に(11月中)まとめ上げるという学生さんの目には静かな53人の散骨に関心を寄せる人たちの思いがどのように映ったのだろうか?
 家族体制が揺らぎ、葬送という行事も社会の中でややズレが生じている今、若い世代がどう捉えるか、注目したい。
 生の最終章を考えることは、自分らしい生き方を尽くすことだと思う。「海に眠る」自分の最終章を見届けた人たちが静かな安らぎを感じて下船したように思えた。

【筆者紹介】島本 公子(しまもと きみこ) フリーランス編集者。1945年生まれ。慶應義塾大学文学部社会学科卒業後、長年女性誌の編集に携わる。1996年9月入会。