土葬と火葬 その発生と歴史をめぐって
西俣 総平
主が定めた土葬
キリスト教も原則は土葬
イスラム教は絶対に土葬
火葬文化の宗教
特別な火葬
埋葬文化のすれ違い
現代日本での土葬
イスラム教徒の悩み
信教の自由との関係
あらためて葬送基本法を!
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世界には民族、言語、宗教、文化、生活、発想などを異にするさまざまな人々が生きている。死生観も死後の遺体の葬り方も多様である。そのうち遺体の扱い方は、風葬や水葬など特殊な葬法を除くと、中東で生まれた宗教とインドで生まれた宗教によって土葬と火葬に分かれる。それぞれについて、どのように始まったのか、時の流れでどう変わったか、また変わらなかったか、みてみよう。
中東で発生した宗教のうち代表的一神教であるユダヤ教、キリスト教、イスラム教は土葬である。このうち最も早く発生したユダヤ教は、イスラエル民族を絶対的に拘束する律法(宗教法)として遺体を土葬することと定めた。ユダヤ教の聖書のうち最も権威あるモーセ五書の一つの『創世記』は、主の言葉として「あなたはついに土に帰る。あなたは土から取られたのだから。あなたは塵だから、塵に帰る」と述べる。
(注1)
ユダヤ教から派生したキリスト教は、ユダヤ教の聖書をそのまま受け継いで『旧約聖書』とし、イエスの教えをまとめた『新約聖書』と合わせて二つをキリスト教の聖書とした。
代表的な一神教であるユダヤ教、キリスト教、イスラム教は兄弟宗教とされる。教義上はヤハウエ(ユダヤ教の神)、父と子イエスと聖霊の三位一体(キリスト教の神)、アッラー(イスラム教の神)とそれぞれ呼び方は異なるものの、世界を創造した同じ唯一神を信仰することでは同じだからだ。
インドで発生した仏教、ヒンズー教、ジャイナ教、シーク教はおしなべて火葬の形をとっている。諸行無常、生者必滅、輪廻を説いたブッダは死後、クシナガラの荼毘塚で火葬された。
火葬は特別な意味をもってなされることがある。中世の異端審判のほかに、20世紀に行われた2つの国際軍事裁判をみてみよう。第2次世界大戦中のナチス・ドイツの重大な戦争犯罪を裁くため開かれたニュルンベルグ裁判は、平和と人道に対する罪で1946年10月1日に10人のナチス首脳や軍人に死刑を宣告した。同月16日に絞首刑を執行された10人は火葬され、処刑前に服毒自殺したゲーリングの遺灰とともにミュンヘン市内の川にまかれた。
一方、日本の戦争責任を追及する極東国際軍事裁判(東京裁判)は1948年11月12日、東條英機元首相ら7人に絞首刑を宣告した。12月23日に処刑された7人の遺体は火葬されたあと、遺灰は海にまかれたとされる。
火葬文化の日本人と土葬文化の外国人とのあいだで意識のすれ違いが時に悲劇を生むこともある。第2次大戦中のことだが、フィリピンで抗日ゲリラの激しい抵抗に手を焼いた日本軍が大がかりな討伐隊を編成してゲリラを追い詰めた。討伐隊は首尾よくゲリラの首領を捕らえて処刑したが、そのときの首領の態度が悪びれず潔かったので、「敵ながらあっぱれな男である」と遺体を荼毘に付してねんごろに葬ってやった。
日本は世界でもっとも火葬が進んだ国である。2015年の全国死亡者132万3473人のうち火葬されたのは132万3288人。火葬率は実に99.98%に達する。土葬はわずか185人でしかない。内訳は和歌山県28、奈良県21、島根県18、石川県18などで、ゼロという県も少なくない。
(注8)
統計の数字を見るかぎり、いまや日本人には無縁となりつつある土葬だが、はたしてそう言い切れるかどうかは大きな問題である。その理由はグローバル化の進展に伴って増えていく国内の外国人労働者の存在だ。
外国人労働者に対して、元気なうちは一生懸命働いてもらって、具合が悪くなったら自分の国に帰って死んでくださいとは、どんな厚顔無恥な国の政府でも表立っては言えないだろう。移民を含めて外国人を受け入れるということは、その国の節度の持ち方が試されるということでもある。
イスラム教徒の墓地不足対策として、日本の寺院が協力するケースが報告されている。2013年には茨城県常総市の寺には440区画の土葬墓を備えるイスラム霊園が建設された。
(注10) 主が定めた土葬
また『申命記』は、イスラエル民族の指導者であり、“神の人”と呼ばれたモーセが120歳で死んだとき、次のように記す。
「こうして主のしもべ、モーセは主の言葉のとおりにモアブの地で死んだ。主は彼をベテオベルに対するモアブの地の谷に葬られたが、今日までその墓を知る人はない」
(注2)
主(神)がみずから行われた葬法は絶対に守るべき律法として今日に至るまでユダヤ教徒を縛り、ユダヤ民族の国として1948年に独立したイスラエルでは火葬はタブーである。2004年に火葬を主張した“進歩的”な葬儀社が火葬場を新築してみたが、ユダヤ教徒に放火されて焼け落ちた。その後に再開されたけれどもその正確な場所は伏せられたままという。
(注3)
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キリスト教も原則は土葬
キリスト教の教義では、この世の終わりにイエス・キリストが再臨して、すべての死者は復活してよみがえり、天国に行くか地獄に行くかの最後の審判を受ける。復活という教義が加わって、死者が復活するためには遺体が焼却される火葬ではなく、土葬でなければならないという考え方が確立した。
ヨーロッパの中世に行われた魔女狩りや異端審判で被疑者が火刑に処せられたのは、単なる処刑を超えて、未来における復活さえも許さないという宗教的な懲罰の意味合いをも含んでいた。
キリスト教は2000年の歴史を経るなかで、西方教会(カトリック教会)と東方教会(ギリシャ正教会)に分裂し、さらに西方では宗教革命を経て新教(プロテスタント)が生まれた。火葬に対する考え方はこれらの三つの流れでかなり異なる。
もっとも保守的な東方教会に属するギリシャ、ロシア、ウクライナ、アルメニアなどの各地の正教会は現代でも土葬を守り、火葬をする信者は破門する、教会での葬儀を拒否するなどしている。ロシア正教では東京・神田のニコライ堂で知られる日本正教会東京復活大聖堂の歴代主教は死後、谷中の墓地に土葬されている。
(注4)
カトリック教会でも火葬禁止の原則は長らく守られてきた。時代の流れに逆らえず、火葬が教義に反しないとしてローマ法王庁がやっと公認に踏み切ったのは、進歩的といわれた法王ヨハネス23世の時代であり、20世紀も終わりに近い1963年のことだった。
一方、カトリックに批判的で宗教革命を経て誕生したプロテスタントは、比較的早くから火葬を受容してきたと言える。マルティン・ルターが登場する100年も前の15世紀初頭に、宗教革命の先駆者だったヤン・フス(当時プラハにあったカレル大学の総長)が異端者として火刑に処せられたのをきっかけに、信奉者が立ち上がってローマ教会と激しく戦った。その後に中欧の北部で火葬が行われるようになったのはフスの影響が大きかったと言われる。
(注5)
プロテスタント各派が火葬に寛容であったのは、ローマ教会のくびきから脱しただけでなく、より合理的な思考を重んずる気風が強かったためと言える。それに比べて新教のうちカトリックにもっとも近いアングリカン・チャーチ(英国国教会=聖公会)がやっと火葬を公認したのは1944年だった。
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イスラム教は絶対に土葬
「最後で最大の預言者」とされるムハンマドが7世紀に始めたイスラム教の聖典『クルーアン(コーラン)』は、信徒の埋葬に関して「やがて彼(人)を死なせて墓地に埋め、それからお望みのときに彼(人)を甦らせる」と述べる。
(注6)
この記述が土葬の根拠になったが、理由はコーランに書いてあるからで、それ以上でもなければ、それ以下でもない。
宗教法の定めとしての土葬規定はイスラム教でもっとも厳しく、死後24時間以内に埋葬しなければならないなどの定めもある。アフガニスタン、インドネシア、エジプトなどのイスラム教国での葬送習俗を取材した『再生』の「世界の葬送事情」に詳しく報告されているので参考にされたい。
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火葬文化の宗教
ブッダの遺骨は仏舎利としてストーパ(仏塔)に納められ、信仰の対象になった。日本には仏教伝来とともに火葬がもたらされ、仏舎利信仰と火葬習俗が重なり合って、墓へ発展して行ったとされる。
インド発祥でインド国民の大多数が信奉するヒンズー教では、遺体は火の神であるアグニ神へのささげものとして火葬され、遺骸は聖なる河ガンジスに流され、墓はつくらない。インド国外で死んだヒンズー教徒は現地で火葬され、里帰りした遺灰がガンジス河に流される。あるいは外国の川をガンジス河に見立てて遺灰を流す。
国民の90%以上が仏教徒であるタイでは、死者は荼毘に付されていったん骨壺を仏壇に祀ったあと、散骨される。一般の仏教徒の場合には墓はない。
(注7)
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特別な火葬
これら2つの裁判では、遺灰は遺族に渡されず、いずれも秘密裏に処分された。その扱いについては、勝者による報復の意味合いがあるとか、後世、信奉者の手に渡って聖遺物視されるのを防ぐためとか、いろいろな解釈がなされている。
復讐の意味合いが強いもう1つの例は、イスラエルによるアドルフ・アイヒマンの処刑である。秘密警察ゲシュタポのユダヤ課長で、ヨーロッパ各地からユダヤ人を強制収容所に送る責任者だったアイヒマンは戦後、連合国の追及を逃れて長らく行方がわからなかった。
1960年5月、イスラエルの諜報機関がアルゼンチンに潜伏中のアイヒマンの身柄を確保、イスラエルに移送した。特別法廷は61年12月に絞首刑を宣告、62年6月に執行されたアイヒマンの遺体は火葬され、遺灰は地中海にまかれた。
イスラエルの刑法には死刑は存在しないので、アイヒマンは1948年の独立以来、同国で執行された唯一の死刑になっている。このときの火葬は、単に生命を奪う刑罰を超えて、地上に痕跡をとどめず、未来における復活も絶対に認めないという、宗教的にも厳しい意味合いを含んでいると言えるだろう。
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埋葬文化のすれ違い
ところが、戦争が終わって遺族から思いもかけぬ遺体損壊の罪で訴えられた。処刑されたのは戦争だから仕方がないけれども、遺体を焼き捨てたのは死者の復活の道を閉ざす行為であって許せないというのだ。結局、討伐隊の責任者は戦犯法廷で裁判にかけられ、重労働何年かの刑を言い渡されたという。
いわば、日本的な武士道精神の発露が、予想もしない裏目に出たわけである。このケースは戦争のさなかとはいえ、現地人の宗教(カトリック)に対する日本人の無知が招いた悲劇とも言えよう。
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現代日本での土葬
現行の墓地埋葬法では、埋葬(土葬)は埋蔵(焼骨の墓地への収納)と区別され、墓地内で行われるかぎり違法ではない。しかし、現実には東京や大阪などの大都市では衛生上の理由から条例で土葬を制限しているし、いまどき土葬をすんなりと受け入れる墓地がそもそもないだろう。
このように土葬は市民の日常生活からかけ離れた存在になっている。筆者が20年前に葬儀に参列して実見した例は、山梨県の山間部の旧家で、家屋敷に隣接した持ち山に先祖代々の土葬墓があり、そこに棺を飾り立てた霊車(大八車)に乗せて運んで埋葬するというものであった。
これには後日談があって、時代の流れで当主が土葬墓を改葬して掘り出した遺体を火葬して、遺骨をひとまとめにして火葬墓にしたのだが、掘り起こし作業を引き受ける業者がなかなか見つからず、手間と費用が大変にかかって往生したとのことだった。
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イスラム教徒の悩み
2016年現在の調査では、日本には約230万人の外国人が暮らしている。
(注9) 永住権や定住権を持つ人、就労ビザを持つ人、留学生などさまざまだが、少子高齢化が進むなか、外国人は日本にとって不可欠な労働力になりつつある。
それも単純な出稼ぎ労働者ではなく、日本国内に定住して家族とともに市民生活を営む外国人労働者が増えるのは自明の理である。そうした外国人が亡くなった場合、仏教国やキリスト教国の出身者ならば葬送に当たって火葬すれば特段の問題はないが、イスラム教徒にとっては埋葬が切実な問題となってくる。
日本におけるイスラム教徒の土葬墓は2010年ごろまでは山梨県甲州市と北海道余市町の2カ所しかなく、墓地不足が悩みの種になっていた。ここ数年で各地にぽつぽつ出来てきてはいるものの、とても需要を賄える状況ではないという。
今後、日本で働くインドネシア、バングラデシュ、パキスタン、マレーシアなどイスラム教国からの定住労働者は確実に増えてくる。イスラム教の戒律は国境に関係なく世俗法には縛られないから、もし日本で死んだときに土葬できなければ遺体を本国に送り返して埋葬しなければならない。それには高い費用がかかる。
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信教の自由との関係
葬送の自由という観点から考えてみよう。私たちは葬送の自由は日本国憲法が保障する『基本的人権の尊重』から派生する権利であるとして、葬送基本法の制定を訴えてきた。その憲法は第20条で「信教の自由は、何人に対してもこれを保障する」と定める。外国人も日本国内に居住するかぎり、20条が適用されるのは自明の理である。
だとすれば、外国人の(また日本人であっても)イスラム教信者は葬送の自由と信教の自由の双方の観点から、国内での土葬は保障されなければならない。
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あらためて葬送基本法を!
現代日本では宗教心の希薄化に伴って寺院消滅の可能性すらささやかれている。仏教寺院が仏道実践の一つとして、あるいは生き残りの道を模索して、イスラム教徒に門戸を開放する試みもこれからは大いにありうるだろう。
しかし、根本的な対策としては自治体や民間も含めてグローバル化時代に対応した葬送のニーズに応えていくしかない。そのためにも、衛生法規にとどまっている現行の墓地埋葬法を脱却して、葬送の自由を明文で保障する『葬送基本法』の制定が不可欠である。
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(注1) 旧約聖書・創世記3章19節 ▲本文に戻る
(注2) 旧約聖書・申命記34章5-6節 ▲本文に戻る
(注3)
『再生』第80号「イスラエルの葬送事情」 ▲本文に戻る 海外事情のページへJUMP
(注4) 『再生』第55号「ロシアの葬送事情」 ▲本文に戻る 海外事情のページへJUMP
(注5) 『再生』第54号「チェコの葬送事情」 ▲本文に戻る 海外事情のページへJUMP
(注6) 『コーラン』第80章21-22節 ▲本文に戻る
(注7) 『再生』第64号「タイの葬送事情」▲本文に戻る 海外事情のページへJUMP
(注8) 厚生労働省・平成27年度生活衛生統計 ▲本文に戻る
(注9) 法務省・2016年国籍別在留外国人統計 ▲本文に戻る
(注10)朝日新聞2016年9月6日付・第2千葉版 ▲本文に戻る
(にしまた・そうへい/会長)
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再生 第105号(2017.3)