韓国の最新事

文脈を異にする韓国と日本の自然葬


                        金セッピョル(関西支部世話人)


 大学時代に友人の死を経験した。突然の死だったため悲しさも打撃も大きかった。しかし、その気持ちとは別のところでテキパキと葬式は進められ、いつの間にか遺体は火葬され共同納骨堂に安置された。彼の短かった人生はそれで一段落したわけだが、どうも実感がわかなかった。

 ちょうどその頃、新聞で自然葬に関する記事を目にした。ある林学者が京幾道の所属大学の練習林で散骨された。韓国で最初の自然葬である。私は、目からうろこが落ちたような気がした。友人が自然の中に帰る様子を想像するだけで、いやされそうな気分になったのである。

 急激に変化する近年の社会において、既存の葬り方は死を受け入れる装置としての意味を失いつつある。私はこの問題を研究したいと思い、自然葬の登場と定着に目をむけるようになった。

 日本に来て間もなく「葬送の自由をすすめる会」に出会った。様々なイベントや自然葬の現場に参加し、自然葬を選ぶ人たちの声を聞くことができた。会員は、既存の墓と葬り方について私と同じような感情を共有していた。また、都市化、宗教意識の変化、家族制度の弱体化、環境意識の高まりなどが自然葬の背景となっていることなどがわかった。

 その一方で、何か違和感があった。それは、韓国では見られない既存の葬り方に対する強い反発である。私は、墓が当然のことと思われてきた日本社会で、墓を持たないことはどのような意味をもつのかに関心を向けるようになった。自然葬選択者4人にライフヒストリー調査をさせていただき修士論文をまとめた。

 この中で私が注目したのは、自然葬選択者たちは戦争体験、学生運動の経験をとくに強調し、自然葬選択の意味付けにまでつなげる傾向があるということだった。既存の墓と葬送儀礼は、家―国家―天皇につながる明治期以降に確立された国家主義をイメージさせる。それらは、戦争や戦後の民主化過程で経験した「抑圧」を思い出させるものである。

 また一方で、商業主義に染まった葬儀が強制する形式も、同じ感情をもたらす。自然葬の選択は、そうした「抑圧」からの脱却や「抵抗」という意味ももつのではないだろうか。日本における墓と葬送儀礼は、近現代史の曲折をへる中でできた政治的情緒にも影響されながら多様性を増やしているということが、論文の結論であった。

 これに対し、韓国の自然葬は日本の自然葬とは異なる文脈にある。思想的には、長いあいだ国家の統治理念であった儒教の現代的継承ということもできる。自然葬推進キャンペーンでは、「この時代にあった孝の実践」「自然葬で先祖をまつる」などの文句がみられる。さらに、日本では個人が主流であるのに対し、韓国では門中(血縁集団)ごとに自然葬地を造成するケース(役所に申告して、門中が所有していた先祖の墓が集まっている土地を自然葬地に変えることができる)も多い。このような違いの要因は、戦後の日本のように公に国家否定が行われたことがなく、むしろ儒教的思想をふくむ国家の「伝統」を強く保持する方向に進んできたからなのではないか。一方、家族の解体がまだ日本ほどすすんでいないこともあげられる。家族問題というより、国土活用問題から発生し法律の規制下で施行されているのである。

 韓国の自然葬は、火葬の推進のあと雨後の筍のようにできた納骨墓の代案の一つとして登場した。究極的な解決策として定着できるかどうかは、もう少し経過をみる必要がある。環境意識の高まりや自然回帰思想を大前提とする「自然葬」は一見おなじようにみえるが、両国の歴史・社会的背景によって異なる意味合いをもっている。



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金セッピョル <略歴> 1983年韓国ソウル市生まれ。漢陽大学校(韓国)卒。2008年から日本に留学し甲南大学大学院の修士課程修了。現在、国立民族学博物館で博士課程に在学中。



再生78号(2010.9)
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